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文面からはまじめに考えていないような戦争と地球温暖化を考える旅その10

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     子供たちには傷のないワンダーランド・ニッポンを教えるのではなく、傷だらけの、まったく大変な日本の現状を踏まえさせたうえで、このせちがらい国際関係を、知恵と狡猾さと、一握りの親切さと勇気を持って、げんこつを振りおろすのではなく、時には開襟、時には腕で防御の姿勢を取りつつも、安全に航海していってほしい!
     
    *****
     ある時は7人ほどの40代を中心とする男女のバーベキューパーティに呼んでもらって、自然と日中関係の話になったりするのですが、以下のような、国際関係を考察する話題もありました。
     
     尖閣諸島問題以前に、学園祭で尻を出した日本人学生への抗議をきっかけにした、日中関係が非常に険悪だった時期、話し手の中国人女性の知り合いの日本人男性がその女性に電話をかけてきて、「なぜあなたたちはそういった反日的態度をとるのだ。このまま続けば絶交だ」というような抗議をしたそうです。
     その時その中国人女性が思ったことは、
    「わたしがやっているわけではないのにどうすりゃいいのだ…」、だそうでした。
     なにか戦後の謝罪にも通ずる感情。
     
     要は、当事者でないのになぜオレが、アタシが謝らなければいけないのか、という感情というものも、日中韓関係のこじれの要因でもあるかと思いました。「あんたまともな人間だったら、あんたの政府どうにかしろよ!」みたいな感情もお互いの市井にはあるんじゃないでしょうか。
     逆に考えれば、あんたみたいなまともな人間が自分の政府に抗議できずになんとする、という期待もあり、これはこれで希望が持てるというものですが、おのれの利を追求するあまり、お互いの立場に立てない状況はいかがしたものかという。
     
     戦後70年経ち、いまだに戦争謝罪をしなければならないのか、子孫にそれを負わせるのかという意見がありますが、それならば日本人が過去アジアで行った行為は正確に子孫に伝えようよと。戦争がどういったものかは伝えようよと。さすればアジアに行ったときに子孫はスムーズに相手国と話が通じるよと。子孫が謝らずとも、先の大戦で何をしたかを知っているだけで、相手に対する態度も相手の態度も違ってくるでしょうと、なんかそういうことですよね。
     
     耳が痛いこと、自分の恥は聞きたくないから耳をふさいで相手を嫌うというのでは、残念なニッポンに成り下がってしまう…、というと、すぐ、自虐的と言われますからね。え?、全然自虐的じゃないんですけど。だってニッポンは完璧な国でもなんでもなくて、このせちがらい国際関係を武力を使わずに乗り切らなければいけないわけで(武力というのは使っても困難を乗り切れないことはアメリカや中東紛争国などが証明している)、過去を知り、過去から学び、狡猾に駆け引きするということが大事になるわけで、全く自虐ではないのです。
     
     ちなみにわが国の首相が首相になってから隣国の国家主席もこちらに対してはずいぶんおとなしくなった感があります。頭のカタい者にはこれまた頭のカタい者をたてよ、似た者同士で均衡をとる!とは、「非常に悲しい状況」以外になんと表現できるでしょうか。


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